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2003/1/31
サプリメント

今サプリメントと言えば「補助食品」を指します。食品と言っても錠剤になっているものが多く薬のイメージがあります。
食事だけでは不足するビタミンなどを補填する目的のもので、確かに農作物のビタミン含有量が昔に比べ減っている事実もあり、また加工食品に頼る食生活を余儀なくされる場合など有効なものだと思います。しかし落とし穴もあります。それは手軽さゆえに過剰に摂取してしまいがちなことです。
過剰に摂取しても自然に排泄されてしまうものは問題ないのですがビタミンA,D,E,カルシウム,マグネシウム,亜鉛,その他、厚生省が上限値を設定しているようなものについては注意が必要です。
また医薬品との併用で問題もあるようですから医師に相談してからにしたほうがよろしいようです。

そして更に問題だと思う事は次のような事です。
これはあるネット通販の広告ですが
	こんな人にオススメ!
	・コンビニ弁当、加工食品をよく食べる方
	・タバコ、お酒をたしなむ方
	・不規則な生活、運動不足の方
こういう生活を続けていてもサプリメントを飲んでいれば大丈夫という事でしょうか。
「こんな人」がまずやるべき事は不健康な生活パターンを改める事ですよね。不健康な生活は精神をも不健康にする恐れがありますから。それはサプリメントでは補えないものです。



2003/1/30
宝くじが当たったら

「宝くじが当たったら」という言葉は、我が家では「実現不可能」と同じ意味で使われます。
家の建て替えも、プラズマハイビジョンテレビも、北海道旅行も、ロメロのピザも、「宝くじが当たったら」なのです。
しかし「宝くじが当たったら」の良いところは可能性が完全にゼロでは無いという事です。ここに一縷の希望を見出して私たち家族は強く生きてゆくのです。





2003/1/29
天気予報

天気予報というのは外れる事も多いものです。特に週末に野外で遊ぶ計画がある時はたいてい外れます(気のせいかも)。
実際は当たることの方が多いのかも知れませんが外れた時の腹立たしさが印象に残るため外れが多い気がするのでしょう。

天気予報は「気象予報士」という資格を持った人が科学的根拠をもって天気を予測し発表しているものらしいのですが、予報士によって全然違う予報が出ることはまず有りませんね。これはたぶん予報の根拠になるデータの出どころが同じだからなのでしょう。
競馬の予想のように独自の観点からとんでもなくユニークな予報があっても面白いと思いますが。
(その意味では森田さんはチョット良い線行っているかも)

予報が外れたらペナルティとかないんでしょうか?



2003/1/28
婚礼家具

家具には「婚礼家具」というジャンルがあるそうです。
娘を嫁に出すとき親が「嫁入り道具」を揃えて持たせる習慣には色々な理由が考えられます。

結婚というものが家と家との結び付きを目的としていた時代には豪華な「嫁入り道具」で財力を世間に示す目的があったようです。(今でもある地方では「嫁入り道具」を並べて近所の人に見せる習慣があるそうですが。)

また昔は嫁の立場が弱く自分の物を自由に買うことが出来なかったため一生使えるだけの着物や道具を持たせたという話も聞いた事があります。

そういう時代では無くなった今も「婚礼家具」という昔ながらの大きな箪笥のセットを持って嫁に行く人が多いのでしょうか。
現在の住宅事情では多くの家庭で置き場所に苦労しているようです。

  




2003/1/27
真空管アンプ

私が専門学校在学中、オーディオ同好会というサークルに所属し、自分で組み立てた真空管式オーディオアンプで音楽を聴くことを楽しみとしていました。
自作アンプと言っても回路設計からするわけではなく、マニア向けの雑誌の製作記事をそのままコピーするわけですがそれでも自分で秋葉原で部品を買ってきてアルミシャシーに穴を開けて組み上げたアンプは素晴らしい音質に思えました。

そんな趣味の延長から真空管アンプを製造販売する小さな会社で1年ほど働きました。
そこを辞めてから30年ほどたち最近その会社のホームページに偶然で出会いました。
私が初めて社会と接したのがこの「オーディオ専科」という会社でした。

http://www.audiopro.co.jp/index.html




2003/1/26
親しくなるには


どうしても人付き合いがうまく出来ないという人がいます。
本当は周りの人ともっと親しくなりたいと思っているのですが、どうも心からうちとけることが出来ないのです。

そういう人は自分を格好良く見せたいと思うあまり自分の弱みを見せないように振舞おうとします。そのためバリアが出来てしまって相手がそれ以上近づいて来られなくなるのです。


人は誰しも触れられたくない弱みを持っています。あえてそれを見せる事で相手も安心できるのです。




2003/1/25
不快指数

不快指数とは、簡単に言うと人間が感じるむし暑さを数字で表したものだそうです。不快指数が77を超えると半数の人が不快に感じ、85を超えると100%の人が不快に感じるということになっています。

不快指数は次のように算出されるそうです。
不快指数=0.81×T+0.01×H×(0.99×T-14.3)+46.3
T:気温(℃) H:湿度(%)
これによると気温や湿度が高いほど当然不快指数が高いことになります。

今は冬なのになぜそんな話題を持ち出すかというと「寒いのも不快ではないか?」と思ったからです。
上の計算式によれば気温や湿度が低いほど不快指数が低くつまり「快適」ということになりますね。
まあこれは「上げ足取り」ですが。
よく考えてみると寒いのは快適ではありませんが確かに「不快感」とは違いますね。
不快指数は暑いほうだけに適用されるという事で解決にしましょう。





2003/1/24
自由

「自由」とは何と素晴らしい輝きを持った言葉でしょう。
しかし、自由とは何者にも束縛されない代わりに保護される事も無いという事です。自由を求めるならばそれを理解していないといけません。

誰でも思春期を迎える頃にこのジレンマに陥ります。親から束縛されたくない気持ちが強くなるのですが親の保護を必要としている訳である意味では辛い年頃です。
カヌーイストの野田知佑さんはかつて著書の中でカナダのユーコン川での暮らしについて「触れれば火傷するような自由」と表現していました。
本物の自由とは甘いものではないのです。
逆に言えば誰かの力を借りて生きている以上、束縛から逃れることは出来ないという事です。



2003/1/23
ホワイトチョコレートはチョコレートじゃないゾ!

私はチョコレートが大好きなのですが、ホワイトチョコレートは嫌いです。だってホワイトチョコレートはチョコレートの味がしないじゃないですか? どうしてチョコレートていう名前がついているんですか?絶対に許せないですよ。

と思って調べたらこんな事が判りました。
普通のチョコレートはカカオマス、カカオバター、砂糖、ミルクが主原料となっていますが、その中のカカオマスを全く使わないのがホワイトチョコレートだそうです。

カカオマスというのはカカオ豆を焙煎し胚乳の部分をすりつぶしたもので、チョコレートのあの色と苦味の素となるものだそうです。「チョコレート=カカオマス」と言っても良いわけで、そのカカオマスが入っていないんじゃやっぱりチョコレートじゃないですよね。

ちなみにカカオマスから一定量の脂肪分(カカオバター)を搾り取った残りがココアパウダーということです。脂っ気の無いチョコレートがココア・・という事でよろしいでしょうか?。



2003/1/22
ファン
私はプロサッカーチームの「横浜FC」を応援しています。チームの選手を当然応援するわけですが、それは「横浜FC」の選手だから応援するのです。ですからシーズン途中でライバルチームから移籍してきた選手がいたとしてもチームに入った瞬間から応援するし、逆に他のチームに移籍した選手はもうよその選手なわけです。

「中身」である選手では無く「容れ物」であるチームに愛着があるというのも不思議な心理です。選手が段々に入れ替わってしまってもずっと同じチームを応援するのです。

極端な例えをすると「横浜マリノス」と「横浜FC」の選手がいっぺんにそっくり入れ替わったらどちらを応援するかというと、複雑な心境ですが私はやっぱり「横浜FC」を応援するだろうと思います。

また一方で、選手個人を応援するファンもいます。選手が移籍すると応援するチームも変わるわけです。このタイプは女性に多いように感じます。母性本能に関係あるんでしょうか。
もちろんどちらが良いとか悪いとか言う問題ではありません。

昨シーズンJ2最下位と寂しい結果だった「横浜FC」ですが、今年はリティ監督復帰で大いに期待出来る・・・・・かな。


2003/1/21
恋をするということ

映画やテレビドラマあるいは小説などの影響で「恋をする」ということをロマンティックで美しいものと捉えがちですが実は違うのです。
恋をしている時というのは一種の精神錯乱状態で冷静な判断ができなくなっているのです。
「どうしてこんな人が?」と周りが思うような人でも、ちゃーんと結婚していたりするのはそのためです。
これは「種の保存」という生物の基本的本能に基づくものと思われます。この精神錯乱のお陰で人類は絶滅を免れているのです。

この精神錯乱も時間が経つに従い収まってきます。ある時ふと我に返って愕然とするわけです。
多くの人は気を取り直して(あるいは観念して)その相手と仲良く暮らしてゆこうと努力しますが、こんな筈ではなかったという思いが強すぎて不幸な結末になるケースもあるようです。

なかなか彼氏や彼女が出来ないという人は「精神錯乱」になり難い冷静な脳の持ち主なのかも知れません。



2003/1/20
クイズ これは何でしょう?

これを「たばこの吸殻入れ」と答えた人は居ないと思います。
しかし吸殻をこの中に日常的に捨てている人は居ますね。
道路に捨てるよりはマシですか?
いや、どちらもダメですよ。
吸殻に限らず「ところ構わず物を捨てる」というのはいけません。

日本人が公共心に欠ける傾向にあるのは脳の前頭葉が発達し難い人種だからだという説もあるようですが、こんな事は「しつけ」の問題ですよね。
どんなに勉強が出来ても仕事が出来ても公共心の無い人は「人間のクズ」ですよ。





2003/1/19
ローカル線

ローカル線というと1両ないし2両編成の旧式の車両が田園地帯や高原をのどかに走っているイメージです。そして車内はガラガラに空いていて・・。それはノスタルジアを呼び起こす風景です。
確かに超満員のローカル線は想像し難いのです。実際に赤字路線が多いだろうとは予想がつきます。
国鉄が民営化して第三セクターとして残ったところも有りますが多くのローカル線が廃線に追い込まれたようです。
しかし我々にとって単なるノスタルジアであっても地元の方にとっては生活の足ですから赤字路線だからといって廃線になったりしたら大いに困るわけです。
それでも路線バスがまだ残っていました。その路線バスも昨年2月の「改正道路運送法」施行で赤字路線からの撤退が自由になり公共の交通手段が全く無くなる地域が増えることになりそうです。資本主義経済の宿命でしょうか。





2003/1/18
懐中電灯

「懐中」も「電灯」もほとんど使われなくなった言葉なのに「懐中電灯」という名前は今でも使っていますね。(まあそんなことはどうでも良いのですが)

どこの家庭でも「懐中電灯」を非常用に置いていると思います。非常用という事は普段ほとんど使わないという事で、いざ使う段になるとたいていの場合電池切れになっています。





2003/1/17
治療中の木

整地された河川敷にぽつんと1本の木が立っています。毎日通勤のとき目にしていましたが、ある日近くまで行って見るとこの木は治療中であることが判りました。包帯のように布で巻かれメネデールという二価鉄イオン水溶液(鉄イオン水)が幹に差し込まれていました。まあ点滴のようなものでしょうか。
一昔前ならこの木は工事の際に切り倒されてしまった事でしょう。
なんとなくホッとする風景です。

 




2003/1/16
頭を丸める

我が国ではかつて何かの責任を取る場合「頭を丸めてお詫びする」という習慣がありました。ですから私が坊主頭にしたとき何処へ行っても「仕事上で責任を取らされたのか」的な反応がありました。
本来「頭を丸める」とは出家して俗世間から居なくなりますという事だったわけで、ただ坊主頭にしただけで責任を取った事になるというのも変ですが。


私が坊主頭にした理由はもちろん何かの責任を取った訳ではなく、髪の毛の薄さを隠し果せなくなったからに他なりません。誰でも髪が薄くなってきた事に気づいた時、最初に考える事はどうにかしてそれを隠したいと言う事です。しかしどうあがいても隠しきれるるはずもなく、何より良くないのは隠そうという気持ちが知らず知らずのうちに生活の全てにおいて行動を消極的にしてしまうことです。
これではイカンと思い、ある年の夏の初め、思い切って坊主にしました。

坊主にしてしまうと髪の毛の事が気にならなくなり(というか気にしようも無いですが)、失いつつあった自信が蘇ってきました。(開き直りというやつですか。)
また坊主頭にしてみると実に快適なのです。寝癖の心配も無いし雨や風も気にする必要がありません。特に夏の暑い時期に自転車通勤で汗をかいた時など水道の水を頭から浴びせてもタオルのひと拭きで乾いてしまうのですから。冬はチョット寒いですが。



2003/1/15
規則を守る

鶴見川の河川敷には至る所に畑が作られています。鶴見川に限らず全国どこの河川でも見られることだと思います。
河川敷に畑を作ることが良いか悪いかはひとまず置いておいて「法律で禁止されている」なら違反者を逮捕するなり畑を元の状態に戻させるなり強制的に行うべきなのです。
こんな看板を立てたくらいで止めるような常識のある人間なら最初から法律違反などしません。
守らせることが出来ないのであれば最初からそんな法律は作らないことです。

守らなくても良い規則をたくさん作ることで「規則を守る」という意識が薄れ本当に守らなければならない事まで守られなくなるのです。





2003/1/14
トラベラーズチェック

引き出しの整理をしていたら15年ほど前に海外旅行の際に購入したトラベラーズチェックの残り(US$150)が見つかりました。
海外に行くあても無いので現金化しようと思い注意書きを読むと、払い戻しを受けるためには購入契約書の控えが必要となっています。ところがどうやら捨ててしまったようで見つかりません。
銀行に問い合わせると有効期限は無く現在のレートで円に替えられるとの事で早速銀行に出向きました。
通常の窓口とは別のフロアに外国為替云々というカウンターがありそこで手続きをして無事換金できました。

そういえば15年前にこのトラベラーズチェックを購入したときはソファーのある応接室のような所で応対されてビックリした事を思い出しました。だって金額たったの$1,000ですよ。



購入契約書控をなくしていなければ購入時のレート(\135くらい)で払い戻しを受けられたのかも知れません。



2003/1/13
フロッピーディスク

最近フロッピーディスクをほとんど使わなくなった事に気がつきました。
MS-DOSの時代はフロッピーディスク全盛でOSもフロッピーディスクからローディングしていましたよね。
私はいまだにWindows98を使っていますが、フロッピーディスクが必要なのはリカバリー用の起動ディスク作成くらいでしょうか。
他のOSの事はわかりませんが最近のWindowsパソコンはフロッピーディスクドライブが無いものも有るようですし、 フロッピーディスクはもうすでに絶滅危惧商品にリストアップされているのでしょうか。



2003/1/11
霊が見えるメカニズム

私たちは現在目で見ている映像を認識する以外に頭の中で以前に見た映像を再現することが出来ます。また見たことの無いものでも想像という形で映像化し脳が認識します。
その映像が現在見えているライブ映像なのか、再生映像なのか、作製された映像なのか、を脳が判別して認識しているわけです。
ところが極端に睡眠が不足したりアルコールや薬物の影響でこの機能に支障をきたし「現在見えている映像」と「想像した映像」の区別がつかなくなる事が考えられます。こういう状態を幻覚症状というのでしょう。

仮の話ですが、もし上記の原因以外に特異体質で同じような脳の状況になる場合があるとすれば「霊が見える」という現象が起こるかも知れません。(これは私の勝手な想像で科学的根拠はありません。)

また暗示により何でもない偶然の形が霊に見えてたりすることもありそうです。
下の2枚の写真は同じ場所でほとんど時間差なく撮ったものです。見ようによっては霊が写っているように見えるかも知れません。(2枚は異なったカメラの設定にしています)
 




2003/1/10


生き物はいつかは死を迎えます。肉体は亡びてもその霊は永遠に存在するという考え方があります。
霊については疑問に思っている事がたくさんあります。
例えばアリの霊とかミミズの霊とかも私たちのまわりに漂っているのでしょうか。
牛や豚や魚などを殺して食べても呪われたりしないのでしょうか。
霊は永遠に不滅だとすると霊の世界ではどんどん新しい霊が増えて過密状態にならないんでしょうか。地球上に生命が誕生して何万年も霊は増え続けているわけですから。


この写真は足尾から中禅寺湖への登山道の途中で見つけた鹿の頭蓋骨です。こういうものにも霊が・・?





2003/1/9
デジタル放送

詳しい事はわかりませんが従来のテレビ放送(アナログ放送)がデジタル放送に代わりつつあります。
地上波アナログ放送は2011年中に完全に終了という予定が発表されています。衛星放送は衛星の寿命によって終了の時期が左右されますがBSに関しては現行衛星が設計寿命を迎える2007年以降も継続用の新衛星打ち上げが認められたためNHK(BS1、BS2)WOWOWのアナログ放送は地上波アナログ放送が終了する2011年終了という事になるらしいです。(CSについては調べていないのでわかりません)

では2011年までは今のテレビ受像機で何の問題も無いかというと、そうは行かない場合が有るようです。それはアナログ放送とデジタル放送の両方を運用するため放送周波数の使用状況が過密になるため周波数の割り当て変更が必要になりチャンネルの再設定やアンテナやブースターの交換をしなければならない事があるらしいのです。それならいっそのことデジタルテレビに買い換えようという事になるんでしょうねきっと。
デジタル放送にすると画質が良くなる事などのメリットの他に「国民総買い替え」による経済効果も期待できそうです。




2003/1/8
消費税

近い将来消費税が10%以上になる可能性が高くなってきました。
現在は代金の他に消費税を払う外税方式になっています。この方式だと消費税が上がった時の抵抗感が強くなるので、物の値段に最初から消費税分を含んで表示する内税方式が検討されているようです。
例えば\1980のものを買って10%の消費税\198がつくとずいぶん税金を取られているように感じますが、最初から\2178の値段がついていれば「値段が高い」という意識はあっても「税金が高い」という意識はなくなります。つまり消費税率に対する抵抗が少なくなるわけです。
どうせ取られてしまうなら知らないうちに取られるほうが気が楽ですけれどね。





2003/1/7
目覚し時計

皆さんは目覚し時計が鳴る音で目が覚めると思っているでしょう。実はそうではないのです。

ご存知のように睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠という状態があって約1.5時間周期で交互に繰り返し段々眠りが浅くなって目覚し時計が鳴る前にほとんど目が覚めた状態になります。目覚し時計は単に寝床から起き上がるキッカケなのです。
この1.5時間周期という事が良くわかるのは休日です。いつも通りの時間に目が覚めるのですが「あと30分寝よう」と思ってもう一度眠ると次に目が覚めるのがピッタリ1時間半後なのです。

本当に深い睡眠に入っている時に目覚し時計が鳴っても目は覚めません。起きようとする時間から逆算して1.5時間の倍数だけ戻した時間に就寝すれば気持ち良く起きる事が出来る事になります。といっても必要な睡眠時間(人によって異なるそうですが)というものがあるので3時間なんていうのはダメらしいです。



2003/1/6
ユズリハ

「譲り葉」と書けばわかるように古い葉は春になって新しい葉が育ってくると譲るように散って行くのだそうです。若い葉が育ち一人前になるのを見届けてから、さりげなく散っていくのだそうです。

その様子を人間社会の世代交代に例えてしばしば使われます。自然界では世代交代がごくあたりまえに淡々と行われています。しかし人間社会ではそうは行かないようです。
自分自身が譲る側の立場になった時、その人間の真価が問われるのかも知れません。

そういえばTVアニメ「昆虫物語みなしごハッチ 第38話 ゆずり葉の歌」は泣けました。



2003/1/5
幻(まぼろし)の「ペーパーレス時代」

パソコンが普及する前の時代、様々な書類は手書きあるいはタイプした原紙(原稿)を必要に応じてコピーして配布していました。
パソコンの普及により書類は電子データ化され「ペーパーレス時代」になるような事が言われました。

しかし現実には以前より多くの紙を消費するようになりました。
その理由はどうやらプリンタの性能が良くなり、あまりにも手軽に印刷できるようになったからのようです。

一昔前のプリンタで図面の印刷などしようものなら1枚に数分かかってしまいましたから10枚も20枚も印刷するとなると大変でした。ですからやり直しにならないように念入りにチェックしてから印刷したものです。
あっという間に印刷できるようになると間違いが有って印刷をやり直しても、たいした時間のロスにならないため原稿の内容やプリンタのページ設定を良くチェックしないまま印刷し、何度も出し直す結果になって何倍もの紙を無駄にしてしまうという事もあります。

またインターネットで資料をダウンロードする事が多くなると面倒だからと、とりあえず全ページを印刷して必要な所だけ使う人が出てきます。
この「とりあえず印刷」が諸悪の根源で、何でもかんでも「とりあえず印刷」なのです。電子メールまでプリントアウトしてから読む人もいます。

つい、やってしまいがちな事なので気をつけたいですね。

http://www.meiwa-paper.co.jp/
これは紙のリサイクルをしている会社のサイトですが、とてもよく出来ています。




2003/1/4
道楽

「趣味」と言うと何となく上品な感じで、つい「趣味は音楽鑑賞です」とか言いたくなります。その点「道楽」は庶民的な気楽な響きがあるように感じます。

「趣味は古美術品の収集です」と言うと何千万もする凄いものを集めているように聞こえますが、「道楽で骨董品を集めています」というと価値の無いガラクタを喜んで買って帰る様子が目に浮かびます。


「何の役にも立たないのが道楽」だそうです。他人から見たら何の価値も無い物でもご本人には宝物なのです。他人の道楽を「何が面白いんだ」などとケチをつけずに人それぞれの価値観を尊重し、自分の道楽を思う存分楽しみましょう。



2003/1/1
初詣(はつもうで)
サブタイトル:神様ごめんなさい

毎年近所の神社へ初詣に出かけています。小さな神社なのですが参拝者の長蛇の列が出来ます。列に並びやっと拝殿へ到達し参拝するわけですが、実はいつも後ろめたい気持ちになります。
私にはどうも神様を拝むという行為が空々しいのです。ですから拝む格好だけで実際に何かをお願いするということはありません。後ろめたい気持ちとは神様に対してではなく本当に心から参拝している人々に対してです。
それなら行かなければ良いのにと思うのですが、季節の風物詩としての初詣は捨てがたいものがあるのですよ。

これは観光で神社仏閣を訪れたときも同じで、皆さんが躊躇する事無く参拝している姿を見て羨ましく思うのです。私が信心深い人間だったらこんな余計な心配はいらないのに。



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