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2004/2/29
獲物が捕れて良かった

野生動物を扱ったドキュメンタリ−で、チーターの親子の場面がありました。何日もエサを手に入れられずお母さんチーターも子供のチーターも痩せ細っています。
幸いこのお母さんはようやくインパラの子供を捕る事に成功し、こちらも「良かったなあ」と思うのです。

しかし、インパラの側からこの場面を撮ったら、恐ろしい猛獣に大切な子供を殺された悲しい情景になるわけです。

このように、どちら側の立場で物事を見るかで全く違う印象になる事ってたくさんあります。
身の回りの事も立場を変えて考えてみると今までと違ったものが見えて来るかも知れません。



2004/2/28
新車発表

先週の日曜日に、待ちに待った新車が組み上がりました。
なかなか乗ってみる時間がなく今日ようやく試運転してきました。

重量は10.3kgとビックリするほど軽くはありません。でも今まで乗っていたMonkeyと比べると、とても軽い気がします。
できるだけデコボコな道を選んで走ってみました。初めてのフロントサスです。今までチョットした段差でも腕でフロントを浮かすようにしてクリアしていたのに、普通に通過出来てしまうんですね。
「皆さんはこんなに楽をしていたんだなあ」と今更のように悔しがる私でした。




2004/2/26
CDとDVD

全く同じ大きさで見た目も変わらないように思いますが、外見での違いはあるんでしょうか?

CDドライブにDVDを入れて「あれっ!おかしいなあ」なんて事ありませんか?

・・・きっと無いですよね。いまどきのパソコンはコンボドライブとかいってどちらでも使えるんですよね?

DVDがもっと安くなったら、CDは無くなるんでしょうか。



2004/2/25
月極駐車場

いたる所で「月極駐車場」の看板を目にします。
「1か月を単位に契約・約束をすること」を「月極め」というので月極駐車場なのだそうですが、
なぜ「月決め」じゃなくて「月極め」なのか? というのが今回のテーマです。

「極」という漢字はキョクとかゴク、訓読みでは、きわ(める)と読み「いちばんの端」とか「行きついた果て」という意味です。きめ(る)という読み方も「きめる」という意味もありません。
もしかしたら中国語か何かでそういう意味が有るのかな?

それにしても「月契約駐車場」とか「月決め駐車場」と表示している所が有っても良さそうなのに、何処も彼処も「月極駐車場」というのはどうしてでしょう。法律でそう呼ぶ事に決まっていて申請する時、予め選択肢の中から選ぶようになっているのかも?



2004/2/24
誰も責任をとらない犯罪

「精神鑑定の結果、責任能力なしと判断し無罪」。
こういうニュースを聞くたびに釈然としない思いが残ります。

被害者側から見れば犯人の精神状態がどうであろうと関係ないのです。死んだ者は戻って来ないのです。
病気は本人の責任では無いし責めるのはかわいそうです。しかし「病気なのだから仕方が無い」では済まないのです。事が起こってしまったら同じように裁くべきではないでしょうか。

正常な判断が出来ないのなら、そういう悲劇が起こらないために保護者が必要なはずです。自由を制限する事も止むを得ないでしょう。権利には洩れ無く責任が付いてくるものですから。
そして保護責任を果たせなかった者もまた裁かれなければなりません。



2004/2/23
地球の自転について考える その4

もう少し我慢して下さいね。
今日は地球の自転速度がどんどん速くなるとどうなるのかを考えてみます。
当然昼と夜の繰り返しが早くなりますが、それよりもっと深刻な事が起こります。
それは前にも書いた「遠心力」の問題です。
自転速度が速くなるに従って遠心力大きくなります。そして「引力=遠心力」になった時、無重力状態となります。さらに遠心力が大きくなると地球上の物は地表にとどまっていられなくなり空へ落ちて行きます。海や川の水も空へ吸い上げられます。この状態がもっと進むと地中のマグマが噴出し最後には地球はバラバラになってしまうかも知れません。
怖いですね〜〜〜。



2004/2/22
地球の自転について考える その3

地球の自転速度がどんどん遅くなるとどうなるのか?

時間の単位を今のままとして考えれば、24時間が昼で次の24時間が夜というように昼と夜の繰り返し周期がゆっくりになって、やがて1年が昼で1年が夜というような周期になります。

そうなると1年間ずっと太陽が沈まないので地表の温度が上がり過ぎて動植物の生態系に大きな影響がありそうです。逆に1年間太陽が当たらない部分では地表が冷え切ってやはり生物が死滅しそうです。
やっぱり自転速度が遅くなるというのはマズイ事のようです。




2004/2/21
地球の自転について考える その2

地球の自転の速度は一定なのかと思ったら、段々遅くなっているという説が一般的のようです。
原因は色々あるらしいですが月との関係が最も影響が大きいそうです。

どうして「一般的」と書いたかというと、「地球の自転速度が速くなった」という記事を目にしたからです。ある都道府県名が付いた新聞のWEBニュースに出ていました。
「地球の自転にかかる時間が30年前より400分の1秒 早くなった」と具体的数字も出しています。

うーん!どっちが正しいのでしょう?



2004/2/20
地球の自転について考える

昨日は「地球の自転」を利用して世界新記録を狙う話をしましたが、
改めて「地球の自転」についてじっくり考えて見ようかと思います。

先ず地球の自転はどのようにして始まったのか?
これは「宇宙の成り立ち」という厄介な事と関わってくる事で「よくわからん」というのが本当の所のようです。
いずれにしてもこの自転のおかげで昼と夜があって、刻々と変化する夜明けや日没の美しい風景を見る事が出来るわけです。
この「刻々と変化する」というのが大事なんですね。

例えば地球が自転していないとすると、太陽はずっと同じ場所に見える事になり、夜明けの風景が見える場所では、ずーっと夜明けの風景のままという事になります。
もっとも暗闇から段々と明るくなってゆくので「夜明け」というわけですから「ずーっと夜明け」と言うのは変ですが。



2004/2/19
世界新記録をねらうなら

例えば東京で計った体重よりグリーンランドで計った体重のほうが重くなり、インドネシアでは軽くなります。(気温の違いで服装が変わるからではありませんよ)

その理由は「遠心力」です。地球の自転による遠心力は地軸の中心ではゼロであり赤道付近が最大になりますから地域によって重力が変わってくるわけです。

早く走ったり、高く跳んだり、遠くへ投げたり、重りを持ち上げたり、そういう競技では重力が小さいほうが当然有利です。
ですから記録を出すなら「遠心力」が最も大きい「赤道に近く標高が高い所」という事になります。

とは言っても、遠心力によってどのくらい重力が影響を受けるのかは不明ですが・・・。



2004/2/17
燃えないゴミのゆくえ

←養老孟司さんがCMでこのように語っていますが、実際、我々は燃えないゴミが何処へ行くのかを考えた事があるでしょうか?

「燃えないゴミの日」にゴミ集積場所に出して置けばそれでゴミの処理は済んだ気になってしまいます。しかし収集された燃えないゴミはどこかへ運ばれて行くだけで消滅している訳では無いのです。

ほとんどが地面に埋めてしまうという実に原始的な方法がとられているようです。
この方法はいつかは埋める場所が無くなって破綻するでしょうし、埋められたゴミから有害物質が地面にしみ出す事も考えられ良い事は無いはずです。

正直言って私自身、ゴミを減らそうという意識を持って生活しているとは言えません。

エコ先進国ドイツを見習いましょう!

実は我が国でもリサイクルのための分別回収やレジ袋の有料化などゴミ対策が行われていますが、地域によって取り組み方がまちまちで日本全体としては効果が上がっているとは言い難いですね。
リサイクルにしても集めては見たものの処理施設が足りないなどの問題もあるでしょう。
でも一番の障害は我々の意識の低さにあると思うのです。



2004/2/16
二兎を追うものは

最近どうも物が見えにくく感じて眼鏡屋さんで検眼してみると右目の近視が進んでいる事が判明しました。そこで問題が発生。今まで「境い目の無い遠近両用レンズ」だったのですが、今回近視の補正を強くすると近くが見えにくくなるとの事です。

つまり境い目の無い遠近両用レンズというのは上のほうは通常の近視用の度数で、下に向かって連続的に徐々に度数を低くしてあるわけで、その差をあまり大きくとる事が出来ないのです。そこでどちらも程々に見えるところで妥協することになるというわけです。

遠くも近くもと両方を望んだために返ってどちらも中途半端な見え方になってしまうのです。
そこで、「遠く用」と「近く用」それぞれ専用のメガネにする事にしました。
例えば複数の機能を持った工具は便利そうに見えますが、やはり専用工具のほうが絶対に使い易いですからね。

「それにしても目の良い人が羨ましい」メガネを新しく作って高額な代金を払うたびにつくづくそう思うのです。



2004/2/15
火気使用禁止

以前のこの雑文の中で、近くの公園などでコーヒーを沸かして飲む事を勧める文を書きました。

今日はあまりにも暖かくて散歩日和だったので、カミさんと家から40分くらい歩いて県立公園まで行きました。当然、デイパックにはガスストーブとコッヘルが入っています。

ところが、公園に着いてベンチに座ってお湯を沸かそうと思ったら、いたる所に「火気使用禁止」の看板が・・・・・。
仕方なくコーヒーは我慢して公園内を散策しました。公園の池では渡り鳥の群れが投げ与えられるエサに群がっていました。(鳥インフルエンザは大丈夫か?)

帰り道、丘の上の小さな公園を通りました。そこからは丹沢山塊の向うに真っ白な富士山がくっきりと見えました。そしてそこには「火気使用禁止」の表示が無かったので、ようやくコーヒー・ブレイクということに。

公園内の「火気使用禁止」について、確かに焚き火は問題があると思います。しかしガスストーブなら問題ない気がしますが、周りの状況などお構いなしにバーベキューなど始める人がいるので規制するようになったんでしょう。
一部の不心得者のせいで「○○禁止」の看板が増えてゆくのは残念な事です。



2004/2/14
めざしたもの

←わが愛車「Monkey 90K」のリアエンドです。
塗装が完全に剥がれて鉄の下地が出ています。茶色のサビも見えますが酸化皮膜となってこれ以上には進まないようです。

20年ほど前、ある雑誌で牧場で羊を追うのに使われているオートバイの写真を見ました。小排気量のオフロードバイクでしたが、タンクの側面の塗装が擦り減って下地が出ているのにピッカピカに光り輝いていました。毎日使われているので錆びる暇が無いんです。
使い込まれた道具の美しさと言うんでしょうか、とても印象に残りました。


それ以来、自分もそんな風に道具と付き合ってゆきたいなと思ってきました。
床の間に飾ってキズひとつ無く保存してあるものより、ハードに使って、しかも手入れの行き届いた物のほうが、より美しいように感じます。



2004/2/13
「ず」を考える

今回、力説したいのは、「負けず嫌い」という言葉は変だ!  という事です。

似た言葉に「食わず嫌い」というのがありますが、この「ず」は言うまでも無く否定の「ず」ですね。食べて見もせずに嫌いだと言って食べないの意で、食べ物に限らず実際に体験せずに否定する事を「食わず嫌い」と言いますよね。

ところが問題の「負けず嫌い」は・・・、「負けず」と言うのだから「負けない」という意味のはずですよね。それが「嫌い」なのだから「負けないのが嫌い」なのかと思うと「負けるのが嫌い」という意味なんですよ。・・そんな事知っているでしょうけど・・。
でも変ですよねえ。




2004/2/11
自転車キャンプツーリングの真実

自転車でキャンプしながらのツーリングなんて、いかにも楽しそうだと思うでしょう?

ところが、やってみてはじめて気が付く事があります。それは「キャンプツーリング」というのは「キャンプ」と「ツーリング」の両方を同時に100%楽しめるわけでは無いと言う事です。

「キャンプツーリング」は「キャンプ」と「ツーリング」ではなく、あくまでも「キャンプツーリング」なのです。

キャンプ道具を満載していては「走り」を楽しめませんし、キャンプもフリーズドライ系のさびしい食事をして窮屈なテントで寝るという修行のようなツーリングになりがちです。キャンプ地の近くで買出しができれば食事はやや豪華に出来ますが、それだってストーブ(いわゆるコンロ)や鍋類も限られているのでオートキャンプのようなわけには行きません。

それでもなお「キャンプツーリング」をする理由は、その辛さや不便さを楽しむためなのです。




2004/2/9
海外工場

多くの先進国と言われる国の企業は、更なる利益のため、自国内の工場を縮小あるいは閉鎖して、労働賃金の低い発展途上国と言われる国々に新たな工場を造ってきました。
それにより大企業の経営者は大儲けし、国内の労働者は職を失いました。

でも心配いりません。やがては発展途上国も経済成長と共に人件費も上昇してきます。かつて日本もそうでした。韓国然り、台湾然り、その流れは中国、東南アジア、アフリカにも及んで行きます。

あと100年も経てば世界中が平均化され海外工場のメリットも無くなるでしょうから。

・・・・・・・・・・・・・・。




2004/2/7
こんな物を作りました

自転車を車(NOAH)の荷室に積載するためのフロントフォーク固定台を購入したのですが、荷室の狭いNOAHは後輪も外さないと載りません。

←そこで、このような脚を作ってみました。





         自転車に取り付けると、こんな感じになります。→



  アルミの金具だけは知り合いの板金屋さんで作ってもらいました。
  クイックレバーはジャンク箱から引っ張り出してきたもの。
  あとはDIY店で買ったプラスチックのパイプと木っ端。

  これはなかなか良いかも。




2004/2/6
他人による評価こそ
「他人の言う事は気にしない」
「言いたい者には言わせておけば良い」
「他人が何と言おうと自分の信ずる道を歩む」
信念を持って自信満々で人生を突き進んでいる人は格好良いですね。

しかし、その自信ゆえの落とし穴がある事も知っていなければなりません。
それは、他人の言葉を聞く耳を持たなくなったり、自分の言動を省みる事がなくなる、いわゆる慢心につながる恐れがあるという事です。少し自信が無いくらいが丁度良いのかも知れません。

また「自分の事は自分が一番良く解っている」という言葉を良く聞きますが、実際は自分の事って余り解っていないものなんです。どうしても自分には甘くなりますからねえ。むしろ他人の目のほうが冷静に正しく捉えている事が多いのではないでしょうか。

自分が周りの人から低い評価を受けていると感じたとしたら、それは周りの人々では無く自分に問題があると考えた方が良いのかも知れません。



2004/2/5
雲を消す超能力

「ながらテレビ」だったのでハッキリ覚えていないのですが、超能力を売り物にした詐欺事件についての報道でした。何やら超能力だと言って雲を消して見せたというのですが、驚いたのはそれを真に受けて超能力だと思ってしまった人がいた事です。
雲というのは発生したり消えたりが短時間で行われるのは山に登られる方は良く御存知ですよね。



この話を聞いて、こんな話を連想しました。
確かマーク・トウェインの小説だったと思いますが、過去に旅して原住民につかまった主人公が、たまたま日食のおこる日時を知っていたことを利用して、魔法が使えるようなフリをして窮地を逃れる、というような話だったと思います。(こちらのほうもうろ覚えですが)

まさか今の時代でもこういう事が通用するとは思いませんでした。





2004/2/4
蟻の穴から堤が崩れる

昨日の事ですが、子供が踏み切り事故で重傷というニュースが流れました。
降りている遮断機をくぐって線路を渡ろうとして電車にはねられたそうです。
そこはいわゆる「開かずの踏み切り」で、普段からおとなが次々に遮断機をくぐって渡るのを見て、「遮断機が降りていても渡って良い」と思ったのでしょう。

私も以前は、徒歩あるいは自転車に乗っている時、赤信号でも車が来ていなければ渡っていました。
もちろん道路交通法違反ですが、見通しの良い交差点であきらかに車の姿が見えないのにじっと待っている必要は無いと思っていたからです。

しかし、それは間違いだと気がつきました。我々おとなの行動は子供達に見られています。おとなは「安全を確認して渡っている」とか「臨機応変」とか「融通をきかせた」と言うかも知れませんが、それを見た子供は単純に「赤でも渡って良い」と思うのです。小さい子供は周りの状況を判断する能力が不十分ですから、とても危険です。

それよりもっと問題なのは、物事の判断が出来るくらいの子供は「規則を守らないおとな」に対する不信感を持ちます。つまり「言ってる事とやってる事が違うじゃないか!」という事です。
おとなは若者のモラルの低下を言う前に反省すべき点があるのでは。



2004/2/3
いわしの頭に注意

「節分」と言えば「豆まき」が全国的に行われているようですが、その他にも地方によって節分に行う儀式的な習慣があります。

太巻き寿司を丸かじりしたり、いわしを食べたりと様々です。
ちなみに我が家では「豆まき」のみです。(しかも遠慮がちに小さな声で)

いわしの頭をひいらぎの枝にさし、戸口にぶらさげ魔よけにする風習もあります。
こういう風習もだんだんと知らない人が増えて、マンションなどでこれをやると「怪しい宗教」と思われたりする恐れがありますのでご注意ください。



2004/2/2
放し飼い

昔々「名犬ラッシー」というアメリカのテレビドラマがありました。
家の近くに森があるような郊外という設定だったせいかラッシーに綱をつけて連れている場面を見たことがありませんでした。

あんな風に自由に犬を飼える環境は都市部ではまず無理ですが、河川敷などで散歩紐を外されて嬉しそうに走り回る犬たちを見ると、こちらまで何だか嬉しくなってしまいます。(本当は河川敷でも犬を放してはいけないんですよ)

犬と並んでペットといえば猫ですが、猫に散歩紐をつけて連れているのは見たことがありません。
猫は放し飼いにしても良いんでしょうか?(法律的にはどうなんだろう?)
どちらかと言うと犬好きの私としては何だか不公平だと思うのですが。




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