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2021/04/21
昔は盛んに言われた「親孝行」という言葉

 我々が子供のころは子供向けの本だのテレビ番組などでも「親孝行」をたいへん勧められたもんです。笹川良一さんが母親を背負ってこんぴら宮の石段を登る写真(絵だったかも)を思い出しました。落語でも親孝行で殿様から褒美がでたとか、大家さんが店子に「親孝行しなくっちゃいけねえ」なんて諭しているところをみるともっと昔から「親孝行」は推奨されていたようです。
 まあこんなに「親孝行しなさい」と言っているところをみると親孝行している者があまりいなかったからなんでしょうね。だってそうでしょう、誰もが親孝行なら「親孝行」という言葉さえ無かったと思いますね。

 最近はあまり「親孝行」「親孝行」と言わなくなった気がしますが・・・、親孝行がゆきとどいたとも思えませんけど。
そもそも「親孝行」とは何ぞや?ということなんですけど・・・。親の立場で考えると、何だろうなあ。月並みだけど「心配かけない事」ですかねえ。でも親なんてものは、何歳(いくつ)になっても子供の心配をするものですから、親孝行はなかなか難しいものです。
 なんだかわからなくなってきたのでもう寝ます。最近ネタ不足なもんで理屈っぽい話でスンマセン。


2021/04/06
必ず努力は報われるのか?

 池江璃花子選手が日本選手権100メートルバタフライ優勝し、東京オリンピックのメドレーリレーの代表に内定したレース後の「努力は報われるんだなと思いました」というコメントに対し陸上の藤光謙司選手が「勝者=報われるという考えだと大半の人の努力が報われていないことになる」とツイートしたとの記事がありました。
 私などがトップアスリートにとやかく言うあれじゃないんですが、私も「必ず努力は報われる」と思っています。ただし報われるの意味は目指していたものとは別の形かも知れません。むしろそっちのほうが多いでしょうね。「努力は無駄にはならない」と言い替えたほうが良いかも。一生懸命頑張ったことが自分自身のプラスになることは皆さんも人生を振り返れば実感できると思います。
 しかしこれは一般論で、アスリートにとっては結果がすべて。世界チャンピオンになれなかった人は全員「努力が報われなかった人」になるのかも。でも「報われなかった人」でいる時間はわずかです。引退後の長い人生において必ず「あの努力した時間は無駄ではなかった」と思える日がくるはずです。


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