上方落語「はてなの茶碗」 京都の清水さんに音羽の滝といぅのがございます。さほど大きな滝ではご ざいませんが前に茶店がございまして、床机やなんかちょっと置いてある。 青葉の頃に滝の音を背にしながら、ちょっと一服するといぅのは誠に結構な もんでございます。 さて、最前から茶店の床机に腰を下ろしてお茶を飲んでおりましたのが、 年の頃なら五十ちょっと過ぎましたでしょ〜か、結城の対を着ました誠に上 品な物腰のお方。お茶を飲んでおりましたが、飲み終わってその茶碗でござ います、何をどぉ思いましたのか覗き込んだり、ひっくり返したり、日ぃに 透かしたり、せんどひねくり回して、 「はてな?」 茶代を払ろて出て行きましたんです。 横手でおんなじよぉにお茶を飲んでおりましたのが、行灯の油を売り歩い ておりました担ぎの油屋さんでございます。 ●親っさん、ボチボチ行くわ▲そぉかい、もっとゆっくりしていきゃえぇの に●こんなとこで何ぼ油売っててもしゃ〜ない、表行って油売らんと▲どっ ち回っても油売るよぉな事になるねんなぁ、まぁしっかりお稼ぎ●おっきあ りがとさん。親っさんちょっと頼みがあるねんけれどなぁ▲頼みとわ何じゃ な? ●わい、こぉして油担(かた)げて表歩いてるやろ。出商売や喉が渇くねん。 これから夏に向こて暑なりゃなおさらのこっちゃねんけれども、喉が渇いて しゃ〜ない。行た先で汲んでくれっちゅうたら、水でも茶でも気ぃ良ぉ汲ん でくれるねんけど、こないして手が油だらけやろ、これが湯飲みに付いたん ではベトベトして水で洗ろたぐらいでは取れんねん。 ●こっちが気兼ねするねん。気術(きずつ)無いなぁ思てな、自分の茶碗持っ て行って「これにおくなはれ」ちゅうて出しゃ〜遠慮無しにもらえるやろ。 自前の茶碗が一つ欲しいと思うねん、茶碗一つ分けてもらわれへんかいなぁ と思て。 ▲何じゃいな、そんなことかいな。頼みじゃ言ぅで何のことかいなぁ思たら。 どれでもかまやせん、銭も何も要りゃせんで持って行きなされ、おまさんと わしの仲じゃないか●え、銭要らん? ただでもろてもえぇのん? えらい 済まんなぁ、親っさん。ほな、これもろて行くわ。 ▲ちょ、ちょっと待った、そらおいといて。それそっちで何してたやつやろ。 それやなしに、こっちのカゴの中に入ったぁるのん、どれでもかめへん。こ れ持って行って●かまやせんがな▲それ、飲んだやつやろ。こっちに誰も使 こてないやつがあるやろ。これ持って行ったらえぇがな。 ●おんなじこっちゃがな▲おんなじ事ならこっち持って行きちゅうねん。そ れちょっとおいといて……。あ、そぉか、お前さん大阪の人じゃ、分からな んだら言ぅたげる。今そこでお茶を飲んでた人じゃが、京都の衣棚(ころも のたな)といぅ所に住んでる茶道具屋の金兵衛さん、人呼んで「茶金」さん ちゅうのはあの人のこっちゃ。 ▲京一の道具屋といぅことは、日本一の道具屋やで。あのお人が「この品わ」 と指一本さしただけで十両の値打(ねぐち)があるちゅうねんで。どこが気に 入ったんや知らん、おまはんが持ってるその茶碗、覗き込んだりひっくり返 したり日に透かしたり、せんどひねくり回して「はてな?」ちゅうて置いて いったんや。 ▲指一本で十両や、覗き込んだりひっくり返したり日に透かしたり、五百両、 千両の値打もんや分からんで。それは堪忍して、おいといて。こっちのんな らどれでも持って行ってもろたら結構。 ●知ってたんかいな……。わいも茶金さん知ってんねん。茶金さんがひねく りまわしてる、値打もんに違いないぞ。うまいこと言ぅて持って行ってやれ 思て……。バレたらしゃ〜あない金払う。よぉけもないけども、ここに二両 あんねん。もっとあったら出したいけど、これ身上(しんしょう)限りや。え らい済まんけど、この茶碗二両でわいに売ってぇな。 ▲堪忍して。ほかのこっちゃ無いやないか、二両やそこらで……●もっとあっ たら出すっちゅうてんねん、これだけしかないんや、二両で頼む▲堪忍しと くれ。ほかのことなら無理聞かしてもらうが、今も言ぅたよぉに五百両する や千両するや分からんもん…… ●もっとあったら、もっと出すっちゅうてるやないか。これしか無いねん、 頼むわ。わいも一つ当ててみたいねん。な、うんちゅう〜て。うん、うん、 うん……。あかんのん? えぇわい、要らんわい! 何じゃい、諦めた。諦 める代わりに、お前にも儲けささん。この茶碗ここへ叩き付けて割ってしま う。 ▲待った、待った。そんな無茶したらどんならんやないか。壊してしもたら 元も子もありゃせんじゃないか、ちょっと待ちなはれ●………う、売るか? 売らんか?▲何をするんじゃ! 願ごて出るぞ●願ごて出るんなら出んかい、 わしゃこの通り手は商売柄油だらけや「ツルッと滑った、粗相で落しました」 ちゅうたら、どこへ出たかて申し開きは付くねん。さぁ、どないすんねん? 二両で売るか? 叩き付けて割ろか? ▲売る、売るがな。……無茶な奴っちゃなぁ、ホンマに二両やそこらで…… 儲かったら分ぅ持ってこなあかんで●分かったぁる。 「ほな、確かにこの茶碗、二両で買ぉたで」無茶な男があったもんで、強 奪するよぉにこの茶碗を買ぉて帰ります。 四、五日いたしますといぅと、どこで手回しましたか古味の付いた桐の箱 でございます。内包みをいたしまして、中へ茶碗を納める。蓋をいたします といぅと、更紗の風呂敷で上包みをいたしまして、自身も細かぁい縞ものを 着まして、どっから見ても道具屋の手代といぅよぉな恰好で衣棚の茶金さん とこへやってまいります。 * * * * * ●えぇ、ご免を◆へぇ●あのぉ、旦さんにちょっと見ていただきたいもんが あって持参いたしましたんで、よろしお取次ぎを◆お易いこってすけど、主 ただいま手の離せん事いたしておりますので、よろしかったら番頭のわたし が…… ●あんた、ここのご番頭はん、さよか。これだけのお店の番頭はんやさかい なぁ、立派なもんや。決してあんたを馬鹿にして言ぅんやおまへんねけど、 ちょっと訳がおましてなぁ、ここの旦さんに見てもらわんことには値打ちが 分からんかも分かりまへんねん。ほかの人が見はったらしょ〜もないもんに 見えるか分からんので…… ◆いやいや、どのよぉな品でも番頭のわたくしが一応拝見いたしまして、目 の届きません節には主の方へ……●店の決まりならば仕方がない、見てもら います。けれども、今も申しましたよぉに、ちょっと訳がおましてな、ほか の人が見たらしょ〜もないもんに見えるや分からんので、もしあんたが見て しょ〜もないもんに見えても鼻で「ふふん」てなこといぅてもらわんよぉに。 ◆決して笑ろたりいたしゃしませんので●いや、笑うや分からんので。笑ろ たらムカッときてゴン……、決して笑わんよぉに◆心得てございます。笑ろ たりなんか……、ほぉ〜、えぇ風呂敷どすなぁ。更紗もこれぐらいになりゃ〜 なぁ…… ●風呂敷はどっちゃでもよろしおまんねん。中の茶碗を……◆茶碗どすか、 拝見をいたします。 ……この茶碗どすか? ……? 折角どすが、手前ど もでは目が届きかねます。どぉぞよそさんへ●せやさかい、ほかの人では分 からん。あんたでは分からんちゅうたんや。ここの旦さんに見てもろたら五 百両、千両……となるんや。 ◆いやいや、これはうちの主が見ましてもおんなじ……、え? へぇ、何ど す? ご、五百両? ……千両? ホッホッホッほ●(ベシ、ゴン!)◆い、 痛たたたた、何をしなはる!●笑ろたらどつくっちゅうてるやないか。お前 では分からんねん、旦さんを出せ旦さんを。 ■店が騒がしいが、どぉしました?●おぉ〜、旦さん。あんさんに見てもら おと思て持ってまいりましたのに、この番頭が横手から要らん口出しして、 笑ろたらいかん言ぅてるのに笑うもんやさかいゴンと一ついったりましてん ■人様のものを拝見して笑うといぅことがありますか。またあんさんも、手 を掛けはらいでもよろしい。茶碗どすか? わたしが拝見いたしましょ。 ●どぉぞ一つ、頼んまっせ。見とくれやす■拝見をいたします。…………? ちょいちょい、あんさんのよぉなお方がお越しになる。わけの分からん物を 持って来て、五百両の千両の。こっちが粗相で傷でも付けるか割りでもした ら、これ幸いと金にしよぉと。いやいや、あんさんがそぉやと言ぅわけや無 い。そぉいぅお方もあるといぅ事を言ぅとります。 ■これは番頭が笑ろぉたんも道理、どこにでもある清水焼の、それもどちら かと言えば一番安手の茶碗。これのどこが五百両の千両の……●旦さん、上 から見るだけやなしに、グッと覗き込んだり、ひっくり返したり、日に透か したり、せんどひねくり回して…… え? えぇ? えぇ〜? えぇ〜〜? ●それ、ホンマに何でも無いただの安もんの茶碗? ……こら、茶金!■茶 金とわ?●茶金やないかい! おまはんぐらいの人間になったらなぁ、誰やっ ちゅうことを世間のもんが皆知ってるねんで。誰がどこで迷惑を受けんもん でも無いんじゃ。しょ〜もない茶ぁの飲みよぉさらすな! ■しょ〜もないお茶の飲みよぉ?●あんたなぁ、五日ほど前や、清水さんの 音羽の滝の茶店で茶ぁ飲んでたやろ■はぁはぁ、どっかでお見受けした事が あると思とりましたら、あんさんあの時わたしのそばに座ってお茶を飲んで なさった……、確か油屋さん。 ●油屋さんじゃ。あんたこの茶碗で茶ぁ飲んでたんや。飲み終わってどこが 気に入ったんか知らんけど、覗き込んだりひっくり返したり日に透かしたり、 せんどひねくり回して「はてな?」ちゅうて出て行たんやで。「この品わ」 と指一本さしただけで十両の値打があるちゅうのに、こんだけひねくり回し てる。こら値打もんに違いない…… ●二両。二両てな金、あんたらにしたら何とも無いやろけどなぁ、京都で三 年の間油売って、飲まず食わずで貯めた身上限り放り出して、おまけに茶店 の親父と喧嘩までして買ぉて来たんじゃ。……何であんなしょ〜もない茶ぁ の飲みよぉさらしたんじゃ…… ■あぁ、この茶碗どしたか。私あの時お茶をいただいとりましたらな、ポタ ポタと漏りますのじゃ。傷でもあるんかいなぁと思ぉて調べてみたが傷もな ければ釉薬に何の障りも無い。茶碗からポタポタとお茶が漏る。おかしぃなぁ ……はてな? ●……お。それ漏りまんのん? 漏り茶碗だっか? 傷もんだっか? は、 はは、はははははははは……、値打もんやなしに、傷もん。漏りまんのん? はははははははは……、笑ろてなしゃ〜ない。あさよか、番頭はんえらいす んません、痛かった? 堪忍しとくなはれ。茶金さんまぁ話聞いとくなはれ。 ●わて、京の人間と違いますねん、大阪の人間だんねん。ちょっと遊びが過 ぎましてな、親に勘当くろてしょ〜ことなしに京へ出てきて、油売って何し とりましたんや。こないだふと気が付いたら、もぉ三年になりまんねん。 ●いつまでもこんなことばっかりしてる訳にもいかず、親元へ帰りたいと思 うんやけど、やっぱり掴むもん掴まん事にはいかんと思て、どこぞに何ぞな いかいなぁと思てたとこへこの一件だっしゃろ。 ●そこでわたし、身上限り放り出して……、ハははぁ、笑ろてなしゃ〜ない。 さよか……、えらいすんまへんでした。わたいそんな悪い人間ちゃいますね ん。カ〜ッとなったもんでっさかい、番頭はんえらいすんまへんでした。お 店のお方も何が入ってきたんか思いはりましたやろ、すんまへん堪忍したっ とくなはれ。そぉいぅ事情でんのんで、失礼(ひつれぇ)いたします。さいな ら、ごめん。 ■し、しばらくお待ちを。ま、まぁ、そこへお掛けになって……。あんさん 大阪のお人。そぉだっしゃろ、京の人間にこの真似はできん。失礼ながら二 両と言やあんさんにとっては大金、身上限り。それをたったそれだけの思惑 で放り出しなはる。……やっぱり商いは大阪どすなぁ。 ■いわば、茶金といぅ名前を買ぉていただきましたよぉなもん。茶金、商人 冥利に尽きます。あんさんに損をさせては済まん、この茶碗わたしが買わし てもらいます●せ、千両で? ■……千両ではよぉ買わん。元値の二両、それへ一両足して三両。その一両 はここまでの足代、箱代、風呂敷代としてお収めやす。この道はなぁ、せん ど苦労し、損をした者が掘り出し物をしよぉとしてはまたしても損をする。 なかなかお素人衆の手に合う道やおへんのでなぁ……。 ■親御さんも決してあんさんが憎くぅて勘当しはった訳やない。三年の間、 額に汗して働いた、これが何より親御への土産。しょ〜もない山気起こさん と、この三両持ってどぉぞ大阪へお帰りやす。……お帰りやす。 ●アホなこと言ぃなはんな。わたいが勝手に博打張って目と出なんださかい いぅて、それをあんたに償(まぞ)てもらうやなんて、そんな馬鹿な話が…… ん……、へぇ……、それはでけん、わたいが勝手に……、へぇ……、……、 えらいすんまへん。 ●実言ぅと明日仕入れの油の銭もおまへんねん。まことに相済まんこって、 これお預かりいたします。決してもらうわけやない。返せるよぉになったら 必ずお返しにあずかります。いつ返せるてなこと、よぉ言いまへんけど、あ る時払いの催促無しと言ぅことで……、誠に厚かましいことでお借りします。 必ずお返しにあがります。 ●大きな声出して、まことに相すまんこってした。堪忍しとくれやす、堪忍 しとくれやす。さいならごめん。 逃げるよぉにして帰って行きます。「世の中には面白いこともあるもんや なぁ」これはこれで納まったのでございます。 * * * * * さて、茶金さんぐらいのお人になりますといぅと、随分とえぇ所へも出入 りをなさいます。あるとき、関白鷹司公のお屋敷へまいりましたときに「金 兵衛、近頃世情に面白き話はないか?」「先ごろ手前どもでかよぉな事がご ざいました」「それは面白い、麻呂も一度その茶碗が見たい」 茶金さん、人を走らして茶碗を持ってまいります。お湯を注ぎますといぅ とやはりポタリポタリ。調べて見ても傷もなければ釉薬になんの障りもない。 「面白き茶碗である。料紙を持て」筆を取り上げになりますとサラサラと一 首の歌。 清水の音羽の滝の音してや 茶碗もひびに 森の下露 面白い一首が添いまして茶金さんの所へ戻されてまいります。 お公家さんの世界といぅものは週刊誌があるわけやない、テレビがあるわ けやない『百恵ちゃん、結婚!』そんなことは無いわけであります。話題の 少ない所でございますから、しばらくの間あっち行っても茶碗の話、こっち 行っても茶碗の話。茶碗、茶碗、茶碗……。ついに時の帝のお耳に入ります。 「いちどその、ちゃわんがみたい」 茶金さん精進潔斎いたしまして茶碗を持参いたします。しかし、どんな人 の前へ出ましても茶碗はおんなしこと、やはりポタリポタリ。御天子の裾を 濡らします。「おもしろきちゃわんである」筆をお取り上げになりますと箱 の蓋に万葉仮名で「波天奈」箱書きが座ります。えらい値打もんになって茶 金さんの所へ戻されてまいります。 大阪の金持ち鴻池善右衛門「茶金さん、その茶碗ぜひともわしに売っても らいたい」「尊いお方のお筆の染まりましたもの、お売りするといぅわけに まいりません」「さよか、ほなこぉしましょ。うちへ千両で預けとくなはれ。 千両で質に置いてもらう、で、早いこと流しとくなはれ」えらい手間のかか りましたことで、いわば千両で売れましたよぉなもの。 さて茶金さん、この話を一刻も早よぉあの油屋にしてやりたいと思うので すが、油屋の方は面目無いもんですから茶金さんの家の表を通らんよぉにし ております、ある日のことでございます。 ◆旦さん、こないだの油屋さんが■そぉか。すぐに呼んどいなはれ…… * * * * * ●誰や誰や、引っ張るのんは。えぇ、茶金さんとこの子どもっさん? 何、 旦さん呼んだはる? 面目のぉて行けるかいな、引っ張ったらいかん油がこ ぼれる■これ、油屋さん、油屋さん●茶金さん、こないだの三両、返せ言ぅ てももぉ無い■そんな事やない。まぁそこへ、そこへ座わっとぉくれ。 ■来てもらいましたんほかでもない、実はこないだの、あの茶碗●わ、わぁ〜 どぉぞあの事はおっしゃらんよぉに。聞きますと脇の下に汗が出ますのんで、 あの事はどぉぞ……■いやいや、そぉやない。実はあれが千両で売れました。 ●…………あんたっちゅう人はそぉいぅ人やったんか。あ、そぉ〜か、そぉ いぅ人か。……京の人間はえげつないと聞いてたけど、やることえげつな過 ぎるやないか「傷もんや傷もんや」言ぅて三両に値切っといて、それを千両 で売るやなんて、口銭(こぉせん)の取りよぉがえげつない。 ■実は……●へぇ、へぇ……、ほぉ、え? はいな、ほぉ……、へぇ。お天 子さま? ……茶金さん、あんさん偉いお人だんなぁ。そぉだっしゃないか、 わたいらが持ってたらただの安もんの、それも傷もんの茶碗だっせ。それが あんさんの手ぇに入っただけでそれだけの値打が付きまんねんなぁ…… ●人徳だんなぁ……、偉いお人や、あんた。あんたみたいな人、知らしても ろてるだけでどんな幸せや分からん。やぁ〜〜〜、えぇ話聞かしてもろた。 胸がすっとしましたわ。実はこの前、あぁして三両お借りしましたもんの、 しょ〜もない博打張って目ぇと出なんだかと思うと、ムシャクシャして仕事 が手に付かなんだんだ。 ●この辺がモヤモヤしてましたんが、今の話です〜ッといたしましたわ、こ れで明日からまた出なおす気で油売って、あと三年でも五年でも頑張ってみ ますわ。おっきありがと、さいならごめん。 ■し、しばらく……。そこでじゃ。元はと言やあんさんがあんなものを持ち 込んだところから起こった話。……これ、あれをこっち持っといで……。半 分の五百両、これはあんさんに差し上げます。残りの五百両、この京にもそ の日の暮らしに困る気の毒なお方が随分あると聞きます。少しずつでも施し をして差し上げたい。 ■また、何がしか別に残しといて、親類・縁者・友達、一人でも大勢の人に 集まってもろてお祝いの大酒盛りをしたいと思います。そんなことでよろしぃ かいなぁ? 承知ならこの五百両はどぉぞお収めを…… ●五、五、五百両……、アホなこと言ぃなはんな。この五百両はあんたの人 徳で出来た金だっしゃないか。わたいに何の関係も……、え? さいですか、 へぇ……、わぁ〜、ご、五百両。辛いなぁ〜……、せめてここからこないだ の三両引いてもろて、四百九十七両。 ●おおき、ありがたいことで頂戴いたします。番頭はん、こないだ頭ゴンと いってすんまへんでした。膏薬代に十両とっといとくなはれ。とってもらわ んとこっちの気が済まんので、頼んますわ。いまの子供衆っさん、よぉ見付 けてくれはった、三両とっといて。この一掴み、お店の皆さんで分けとくな はれ。 ■これこれ、小判をばら撒くんやないがな。お金は大事にせないかんで●分 かっとりま。おおき、ありがとぉ、さいなら、ごめん。 さぁ、茶金さん、これで油屋も大手を振って大阪へ帰ったことやろぉ。と 思ぉております。四、五日いたしますといぅと表の方で「うわぁ〜〜〜」と いぅ歓声でございます。 「何事や知らん?」と茶金さん表へ出て見ますといぅと、大勢の人間が揃 いの浴衣に鉢巻姿「ワッショイ、ワッショイ」と何やら重たそぉに担げて来 る様子。先頭切って「えらやっちゃ、えらやっちゃ」言ぅてるのんはこない だの油屋で、 ■何をしてるんやいなあの男は、まだあんなことしてるやないか。……これ、 油屋さん。油屋さん●わぁ〜〜〜っ、茶金さん。今度は十万八千両の金儲け や…… ●水壺の漏るやつ、見付けてきたんや。